朗読

チビの話/2015.11/Mariko

 　16年前、飼い犬のポコが死んでから、私達夫婦は、もう犬を飼うことはないと思っていました。ところが一昨年のクリスマス、チビは突然我が家にやって来ました。動物愛護センターに保護されていた5，6歳のミニチュアシュナウザーの男の子です。しかしきれいにカットされた背中から腰にかけて、何やらブツブツとできています。前のポコが酷いアレルギー性の皮膚炎だったので、またか！と獣医さんに連れて行くと、甲状腺ホルモンの不足ということでした。そのため元気が無く大人しかったので処分を免れたのです。  

　我が家に落ち着いたチビは淡々と過ごしていました。おとなしくていい子ですが、他の犬にも人にも興味がありません。ところがある日の散歩で、杖を突いてゆっくり歩く高齢の女性とすれ違いました。するとチビは立ち止まり、その女性を振り返ってじっと見ています。そして何度も何度も振り返りました。その後もゆっくり歩くお年寄りを見かけると、じっと見つめることが度々ありました。

　また、真夜中に突然、何とも言えない悲痛な叫び声を上げることがありました。今までに聞いた事のない、辛く悲しい声でした。飛び起きて、慌てて眠っているチビを起こすと、寝ぼけ眼できょとんとしています。夢を見たのでしょうか。こんなことが月に一度か二度あり、心が痛みました。　

私達はチビの過去を考えずにはいられませんでした。お年寄りに飼われていたのは間違いないでしょう。甘やかされて、食べたい物は何でも貰っていたので太った。今の体重は9.5キロ、保護されたときは13，5キロ。散歩にほとんど行かなかったので、他の犬に会った時、どうしていいのか分からない。人と遊んだことがない無いので、ボールを投げても追いかけない。我が家は二階なのに、散歩から帰ると必ず、一階のお宅のドアの前で待つ、ということは、一戸建の家か一階に住んでいた。そして、あの悲鳴。いったいどんな悲劇があったのか、などなど。あるいは全く違うストーリーがあったのかもしれません。

　2年近くが過ぎました。チビは甲状腺の薬のお蔭で皮膚病も治り、元気よく颯爽と散歩をしています。他の犬にも、挨拶ができるようになりました。私の膝を枕に眠るようになり、出かける支度を始めると、付き纏って行かせまいとします。一緒に居ることだけが望みのようです。そして悲鳴を上げることも無くなりました。やっと、ここが自分の居場所だと思えるようになったのかもしれません。　

　私達の生活も将来の設計も変わりました。高齢の私達はあと10年元気でいなければなりません。みんなで老いていく先には何が待っているでしょうか。

しびれを切らしたチビがソワソワし出しました。そろそろ散歩にでかけましょうか。先のことはそれから考えよう。